「彼を14歳のまま終わらせない」(1巻より)
はじめに
まぼろしまたね完結しちゃった…。
すごく爽やかな終わり方だった。
もっと長く読みたい気持ちもありつつ、
やっぱり「どうなるの!?」を引き伸ばさないでいてくれたことに感謝しつつ、
いろんな気持ちが混ざっている。
でもやっぱり美しく終わってくれて良かった。
こんな青春味わったことがないはずなのに、読んでいる間ずっと懐かしい気持ちがしていた。
最初は表紙がかわいいなと思って買っただけだったのに、大好きな漫画の一つになりました。
ざっくり言うと、中2でちょっとグレた隙に悪い高校生とつるむようになった結果殺されることになる幼馴染みの未来を知ってしまい、未来を変えるために主人公が頑張る物語。
タイムスリップはせず、予言を元に現在を変えていく。
それがたった3巻で綺麗に纏まっている!すごい!
中学生の男の子と女の子の話だけど、爽やかジュブナイル恋愛…じゃないので、あんまり恋愛方面少女漫画読者の「読みたい」の気持ちに触れない設定かもしれないなあ。
あと、派手さのない静かな漫画というのもある。
でも、思春期の、自分の幸せで手一杯のはずの中学生が、幼馴染みの幸せのために奔走する物語なので、きっと「読んだら好きな層」「届いていない層」がまだあるはずと考えて、少しでも背中を押せればと思いこれを書いている。
心臓にナイフを突き立ててくるような、展開が苦しくても続きが知りたくなる面白さが好きな人に是非読んでほしい。
大人でもないが、何も知らない子供にもなれない年齢の子供が、自分では力不足の問題に立ち向かう様子に胸を打たれるのは、もう戻れないからなのかな。
苦しまず成長できる人もいるかもしれないけど、これは苦しまないと大人になれない子供たちの話。
とにかく、青春が眩しくて懐かしくて面白いので、多くの人に読んでほしい!
そのために、あらすじや私のおすすめポイントを書きます。
※良くないことだけど、絵の美しさや表情の豊かさも私の好きなポイントなので、ネタバレにならない程度にスクショ載せて紹介してます。
※1巻のネタバレが満載だけど、1巻についてはネタバレしないと本筋がわからないのでご了承ください。
オススメ文なんか読んでられっか!の人へ
試し読み増量中!!!
あらすじ
止めなきゃ。幼馴染が殺されるのを――。社芽出子、中学2年生。9歳の時のある出来事をきっかけに、幼馴染の十川穂積と疎遠になってしまった。もやもやした気持ちを抱えつつ、一歩踏み出せない芽出子。ある日そんな彼女の前に、穂積そっくりの不思議な少年が現れる。彼はまぼろし? それとも……。「彼を14歳のまま終わらせない」――幼馴染の未来を変えるために走り出す、眩しくて切ない青春×タイムパラドックスストーリー!
(ebook japan紹介文より)
中学生2年生の芽出子(めいこ)は、平均よりはちょっとぼんやりしているかもしれない、普通の女の子。穂積には「でこ」と呼ばれている。
同じアパートに住む、幼馴染みの男の子・穂積(ほづみ)は、母親がおらず、父親とうまくいっていない。反抗期だからか、遅刻も頻繁にしていた。
小さい頃は仲良く遊んでいた2人だが、あるきっかけですれ違いが生じ、うまく話せず疎遠になっていた。
↑仲良しだったのに、↓思春期の距離に…
でこの思い出話に「昔のことはどうでもいい」と返す穂積は、どこにいても居場所がないように感じていた。
穂積は同時期に、"ドグマ"という不良高校生に出会い、彼の危ない雰囲気に魅力を感じはじめ、ゆるやかに非行に走りつつあった。
ある日芽出子の前に現れた、小さい頃の穂積にそっくりの男の子。
芽出子とすれ違い始める前までの穂積の記憶を持ち、「俺がでこのこと嫌いになるわけないじゃん」と言い切る、9歳の頃の穂積そのものだったが、どうやら芽出子以外には見えないようだった。
小さな穂積は、なぜか9歳の穂積にとっての未来の記憶もたまに思い出し、ついには14歳の穂積が殺されることをも予言する。
芽出子は穂積にとっての「ヒーロー」になることを決め、9歳の穂積(ほーちゃん)と共に未来を阻止し「現在の穂積」を助けるために奔走する。
私の好きなところ
絵と漫画表現の美しさ
シンプルに絵がきれい。
コロコロ変わる表情が豊かで、説明がいらない。表現が上手い。
↑作戦が失敗し、無力さに涙ぐむ芽出子の表情は見ている方も悲しくなる。
黒髪の穂積は、14歳になろうとしている子供特有の幼さと、裏腹の内面の成熟を兼ね備えたアンニュイな雰囲気が出ていていいし、
金髪の穂積も儚くてかわいい。(中学生の子供たちを見る視線なので「かわいい」になってしまって申し訳ない。)
モノローグも言葉少ななのに美しい。必要な分だけ。
読み終わった時、面白いという気持ちと、「美しい漫画を読んだな」という気持ちになった。
漫画のための表現をフル活用している感じがする。
ジュブナイルの非力さ
児童ではないが高校生よりも幼い、人としての過渡期に、非力ながらも現実に抗おうとする様子が切なく、この非力な子供に苦しい現実を見せて欲しくない、報われてほしいと思わずにはいられない。
ほーちゃんとでこ、2人の小さなヒーローが、大人ならもっと上手く取り繕えるかもしれないところを、考えられる手段でどうにかしようとするのだ。
大人としては、祈るように見守るしかない。
なぜなら、「子供たちだけでどうにかできる」という万能感がそこにはあるから。
形容するなら、痛くて、苦しくて、拙くて脆いが、青春期が眩しくて、どこか懐かしい。
必死さが空回る年頃の子供たちは、見守る側の大人にとってはもどかしく、ハラハラするのに、幸せな姿を見たくて読み進めてしまう魅力に溢れている。
苦しんででも絶対に最後を見届ける!と思った漫画は初めてかもしれない。いや、進撃の巨人もそうだな(笑)
ヒーローは特別な力を持たない
この物語のヒーローたちは、頭が回るわけでもなく、秀でた力を持つわけでもない。
ただ一番そばにいて、一番幸せを祈っているだけの立場から、君を助けたい「だけ」。
その純粋な気持ちが最初から最後まで貫かれているところが好き。
非力だからこそ、雑草のような根性で救うために抗う様子に惹かれる。
特別な力がないだけじゃなく、むしろ幼さが際立っている。
芽出子の考える手段は拙いし、「現在の穂積」のことばかり考えている芽出子に「自分」を見てほしい・遊んでほしいと考えるほーちゃんも幼い。
未熟なヒーローたちが明るい方を目指す様子を見ていると、自分がとっくになくしてしまったガムシャラさを眩しく感じる。
恋に満たない
私は恋愛漫画も大好きだし、この漫画が恋愛モノでもきっと好きになったとは思うけど、恋愛じゃないのに相手への想いを原動力にして動くというのが幼くて眩しくて、ここまで好きになったのはでこと穂積の間にあるのが恋愛感情じゃなかったからだろうと思っている。
でこは「好きだから」ではなく「穂積に生きていてほしいから」行動するのだ。
いや、うーん、中学2年生だから、淡い気持ちはあるかもしれない。それっぽい解釈ができるシーンもなくはない。
「恋愛感情じゃない」じゃなくて「友情だけじゃない」かもしれない。
でも、たとえ恋愛感情があるとしても、それを認知しなくても誰かのために行動できるという点が良いのだ。
恋愛感情とも友情ともラベリングしなくても、「この人のために頑張りたいと思う人」を認識して現状を必死で変えようとする中学生が眩しい。
相手の幸せを願う気持ちは、多分恋愛感情とも友情とも定義しなくていいのだ。
しかしながら、いつの間に私は、友達だという確証があったり、恋人という肩書があったりしないと行動できなくなったのだろう…。
敵のリアルさ
↑気さくに話すドグマ。穂積の警戒心が解かれてしまう。
これが敵の姿や〜〜〜〜〜!!!
このドグマという高校生が、フィクションの中で"作られた"敵役ではなく現実と地続きの「非行少年」なのが怖くてリアルで、それがこの漫画の生々しさを強調している気がする。
特別じゃない悪役がこの作品の魅力だと思う。
彼を追い詰めた孤独があまりにもリアルなのだ。リアルで、飛び抜けていない。
現実では、生まれつきの悪とか、親を殺されたとか村が焼かれたとか、特別すぎることがなくても人は孤独になる。世界を恨む。
この世界のどこかに必ずこの孤独は存在している。
そう思えるくらい現実的で、「私も生育環境が何かひとつ違えばこうなっていたかもしれない」という隣り合わせの恐怖感がある。
陰がありながら、同じような境遇の孤独な子供たちを寄せてしまう、作られたオープンさも不気味。(MIU404の久住のような感じ。)
人が気に入る振る舞いを理解し、人を囲い込むために頭で考えながら自分を演じている。
現実にも確実にいると思うが、「こんなことしてみたい」に「怒られるかも」のブレーキをかけない人間だ。(大体はやんちゃな先輩を見て自分のブレーキを緩める。)
でも、世界征服をするほどの人間じゃない。
特別すぎる力がなくて、悪役という名前が付けられていないのに、世界が真っ直ぐなせいで相対的に悪役になってしまっただけの若者という感じ。
平凡に生きてきた人でも、何かボタンを掛け違えただけでこうなるような身近さが恐ろしい。
逆に、「一歩間違えればこうなるかも」的な悪役が好きじゃない人には向いていないかもしれないな。
「こんなことするなんて悪い奴め!」という真っ黒ではないから。
清廉潔白でもない、純粋悪でもない。人間は白と黒の間のグレーのどこかにいるからこそ、より白に近い人たちと比べると、少しだけ黒に近いドグマが、彼らの世界の悪者になってしまう。
ドグマは、でこが阻止すべき未来を叶える人間で、同情心で許せるような人間ではない。
なんでこんな悪い奴が?なんでのうのうと生きてる?
それでも、自分以外の要因のせいで暗いところに"居ざるをえない"青少年を見て、心を痛めないことは無理だった。
怖くて憎いけどかわいそうで、「大人が救ってやれなかったんだろうか?」「無理だったんだろうな」という無力感を味わう。
好きにはなれないけど、彼がこうなった道筋は理解できるからこそ。
イライラするし許せないけど悪役にも悪役の感情があることがわかるのもこの漫画の良さ。
縋る場所を間違える危うさ
上でドグマの危うさについて触れたが、もう一つリアルなのが、自分が孤独だと感じている穂積が、孤独だけど明るいドグマに惹かれること。(この場合の「惹かれる」は、ついて行きたいという舎弟的意味。)
中学生ぐらいの子供が、高校生の子に憧れて一緒に夜の街に繰り出すようになるのもこういうメカニズムなのかもしれないなあ。
穂積は、自分の現在地が暗闇だと感じているから、芽出子のような「普通」の子ではなく、ドグマのような「はみ出した」子に光を見出してしまう。
非行に走る子供は、悪いことをするつもりだったわけではなく、光の方へ歩いて行っただけなのかもしれないという、これもまた「何か一つボタンを掛け違えただけ」の私の隣にもありそうなリアルさがヒリヒリするような魅力を感じるポイント。
ほーちゃんというファンタジーな設定が前提にあるのに、人間関係や内面の変化(成長期、思春期の悩み方)がリアルなところがすごくいい。
ドグマが危ない人間なのは、今の私ならわかる。そしてドグマの同級生にもわかるだろう。
でも、中学生の頃の自分から高校生がどう見えていたかを思い出すと、「悪い人間」だとしても「刺激的な人間」の輝きについていってしまうのも理解できるのだ。
私がたまたまグレなかっただけで、穂積のような居場所のなさには共感するし、13〜14歳がそういう年齢なのも理解できる。14歳だったことがある人なら彼の不安感はわかると思う。
同級生からは出てこないセンセーショナルなドグマの言葉が響く。特に、同級生が幼稚に見える年ごろだから…。
そして不運なことに、ドグマも自分に小言を言う同級生ではなく、従順な穂積を気に入ってしまう。
苦しい家庭環境をどこかで癒したい。
忘れられる瞬間は、平凡なクラスメートとの時間ではなく、大人びていて、どこか自分と同じように大人を馬鹿にしている人間といるときにしか訪れない。
理解してくれる誰かを求める穂積と孤独が怖いけれど言葉にできないドグマが出会ってしまったのは最悪の運命だなと思う。
希望がある
ドグマと出会ったのは最悪の運命だが、それを魅力に感じられるのも、その後に希望があるからだ。
ドグマと出会った穂積は、放置されていたらきっと悪い方向へ転がるしかなかった。
でも、芽出子の前にほーちゃんが現れた。
芽出子もきっと、ほーちゃんが現れなければ、未来を知らなければ強い力で引き剥がそうとは思わなかった。
ほーちゃんの正体が何なのかは3巻でわかるんだけど、この巡り合わせでやり直す機会を与えられたことが大きな希望として輝いている。
思春期の危うさや薄暗さが詰まった物語だけど、同時に「まだ変えられる」という希望の物語なところが好き。
おわりに
完全なる主観でおすすめポイントというより私の好きなところをだらだら述べただけになったけど、
とにかくめっちゃ好きな作品なのでたくさんの人に読んでもらいたいし、
ピンと来なくてもとりあえず試し読みを読んでほしい!
糸なつみ先生、次回作もメッッッッッチャ楽しみにしてます!!!!
他の作品もこれから読みます!!!!
以上、勝手におすすめ記事でした。